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脱炭素社会への潮流の中で二酸化炭素(CO2)を排出しないカーボンフリーの新エネルギーとして水素が存在感を増している。
水素が燃えて出るのは水だけだ。熱量も大きいし、燃料電池で使えば電気を生み出す。輝く星だが、問題はどんな素性の水素を使うかだ。製造工程でCO2を出した水素では無意味だし、そうでない水素でも生産効率が低いとエネルギーの無駄になる。
こうしたマイナス要素を超越した夢の水素製造技術が日本にある。次世代原発「高温ガス炉」は、電気と同時に水素を無限につくることができるのだ。
水素は元が重要
水素の製造技術は複数ある。大量生産の主流は天然ガスや石炭を原料とする「改質」という方法。高温の水蒸気で天然ガスなどから水素を分離するのだが、同時にCO2も発生する。
近年、新燃料として注目されるアンモニアもこの方法による水素を用いているので理想のカーボンフリーとはならない。
太陽光発電などで水を電気分解すると水素が得られる。CO2は出ないが、エネルギーロスが出る。余剰電力の貯蔵なら既に揚水発電が実用化されている。
先進高温ガス炉
原子力発電もCO2を排出しないが、福島事故以来、逆風の中にある。
だが、日本原子力研究開発機構が開発中の高温ガス炉「HTTR」(茨城県大洗町)は原理上、炉心溶融事故とは無縁なのだ。しかも世界が志向する小型モジュール炉だ。
高温ガス炉の特徴は普通の原発より3倍高い950度の高温をヘリウムガスで取り出せることにある。
この高温ガスでガスタービンを回して発電しつつヨウ素と二酸化イオウが関係して循環的に進む水の熱化学分解によって水素を生産できるのだ。
IS(ヨウ素・イオウ)プロセスと呼ばれるこの反応の工業化は困難視されていたのだが、HTTRの研究チームは2年前に長時間運転の目安となる150時間の連続水素製造を達成している。
苛酷事故は無縁
HTTRの正式名は「高温工学試験研究炉」で熱出力は3万キロワット。開発の第1段階なので発電機は備えていないが、高温ガス炉の基本機能を完備している。
1998年の運転開始だが、あまり知られず、地味な存在だった。それが10年前の東京電力福島第1原発事故を機に一転、期待の星となったのだ。
第1の理由は際立った安全性の高さにある。普通の原発とは炉心の素材も構造も全く異なる新型炉だ。
高温ガス炉は構造上、大型化に向かず、日陰の存在に甘んじかけていたのだが、今や世界の原発の市場は小型モジュール炉に転じている。これが注目される第2の理由。運転に水を必要としないので立地点は内陸や砂漠にも広がる。
地球温暖化防止の「パリ協定」の下での水素の需要の高まりが第3の理由となっている。
夏にも運転再開
HTTRは現在、原子力規制委員会による安全審査を受けている。新規制基準への適合は昨年6月に認められ、工事計画の認可も進行中だ。対策工事などが順調に進めば今夏の運転再開が見込まれる。
福島事故後、丸10年間の停止を経て、長いトンネルの出口の光が前方に明るく見えてきた状態だ。
「パリ協定」の運用が昨年から始まり、世界は脱炭素社会への動きが急だ。日本政府は国内外に2050年までのCO2排出実質ゼロを宣言したものの、太陽光など再生可能エネルギーの主力化だけでは達成できないことは明らかだ。
今冬の寒波と大雪で太陽光発電は弱点があらわになった。原子力発電の不足分を補っていた火力発電は天然ガスの調達が滞り、深刻な電力不足に直面した。
日本の切り札だ
欧州とは異なり、島国・日本の電力安定供給にはエネルギーの多様性が必要なのだ。燃料を炉に入れると1年以上、連続運転できる原子力発電は重要な存在だが、福島事故のトラウマで従来型の原発(軽水炉)の新増設は難しい。
そこで、シビアアクシデントフリーの高温ガス炉の実用化が急がれるのだ。
日本の高温ガス炉技術は目下、世界の先頭に立っている。ポーランドも英国も日本の技術協力に強い期待を寄せている。
バイデン米大統領が計画中の気候サミットで、菅義偉首相は脱炭素・親水素のイノベーションとして日本の高温ガス炉を世界の首脳に披露すればよい。最も有意義なメッセージだ。
筆者:長辻象平(産経新聞)
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2021年2月3日付産経新聞【ソロモンの頭巾】を転載しています